止まるのはいつの日か
回転ずし
第3次ブームというが
 −福江誠 取材協力記事 −
毎日新聞 2001年5月10日号 掲載



 回転ずしが第3次ブームらしい。<安い、早い、うまい>の三拍子そろえば、回転ずしに軍配が上がるのも無理はない。だが、クルクル回るすし皿を見ながら、考えたそろそろ、この回転、止めてもいいのでは?

 戦後日本の発明のなかで、回転ずしは偉大な地位を占めている。1958年大阪のダウンタウン・東大阪市にできた「廻る元禄寿司」が元祖といわれている。ヒントはビール工場でコンベヤーに載って運搬されるビール瓶だった。私は、その翌年に生まれた。いわば回転ずしで育った第1世代。思えば、ずいぶん食ったものだ。大トロやアラ汁のサービス時間帯をチェックしたし、珍味・アワビの肝まで出す恐るべき穴場も発見した。
 だが、近ごろ、その回転ずしに足が向かない。「回転ずし症候群」への自己嫌悪である。わが視界に好みのネタが入った瞬間、上流の客が手を出さないかと気をもみ、テレビの大食い大会でもないのにデンと10皿を積み上げ、平気で「大トロ、ダブルで!」と注文する。ついでに白状すれば、濃いお茶にするのにティーバッグを湯飲みにこっそり三つ入れ、お湯を注ぐ。どれも赤面モノの意地汚さだが、回転ずしはなぜか恥を捨てさせる。
 91年刊の「広辞宛」第4版に載って、回転ずしは完全に市民権を得たが、よくよく考えてみれば、食べ物が中距離ランナーよろしくトラックを2周、3周するのはヘンだ。流しそうめんの風流はないし、炉端焼きの大しゃもじの野趣もない。そもそも工場のコンベヤーだったのだ。チャプリンの「モダン・タイムス」の世界。それでも回転ずしが支持されてきたのは、一般のすし屋の敷居が高すぎたせいだ。
 誰しも<時価>の札におびえることなく、ぶらぶら歩いて行けるあたりで、すしをつまみたい。アイデア商法の回転ずしが庶民の心をつかんだのは、明朗会計、その1点だった。薄利多売の思想、大量仕入れと人件費の節約で安値を実現したのである。だが、どういうわけかデフレ時代になってむしろ高級化の傾向にあるではないか。一般のすし屋も5000円以下の相場に落ち着いた。
<時価>の札も消えつつある。ならば言わせていただく。もはや「回る」必然性などない!
 東京・荻窪のすし屋で、おもしろい光景を目にした。どことなく屋台のたたずまい、主人は終戦直後から江戸前を握っている。友達と待ち合わせ風情の、30代とおぼしきサラリーマン氏がビールを飲んでいた。主人が聞いた。「何、握ります?それともつまみで?」。サラリーマン氏、一言「サカナ!」。キョトンとした主人にサラリーマン氏は続けるのだった。「サカナ!適当にお願いします」
 笑ってはいけない。サラリーマン氏は正直なのである。グルメ情報はふれていても、いまや「すしの国」の住人の常識はオソマツそのもの。味覚の劣化も著しい。一方で、銀座のしにせの主人のうんちく話に感心したりする。女性雑誌が<週末は京都でお茶会>なんて気取るのと同じ、あこがれとコンプレックスの混在である。庶民の常識の貧困こそ、やかましく言われる大学生の学力低下どころではない由々しき事態である。江戸の町民に見習うべきかもしれない。

 むろん、ファミリーレストランとしての回転ずしの有用性は認める。子供の大好きなプリンもメロンも回ってくる。だが、日本人の、それもいい大人が、すし=回転ずしと短絡する現状はいかがなものか。すしは牛どんでもラーメンでも、ましてやハンバーガーでもない。その土地の旬のネタと、小気味いい主人との会話があってこそすし。日本文化をまるごと味わえる幸せ感こそ、すしではないか。先のすし屋の主人が嘆くのである。
 「昔は、すしって言えば、屋台だった。このかいわいにもいくつかあった。『そろそろシンコ(コハダの幼魚)は出てくるかい』『麦打ち(初夏)のタイかい。それじゃあ遠慮しとくよ』なんて、さりげないやり取りで、季節を楽しんだものですよ。回転ずしは、舌と胃袋を満たすだけでしょ。その舌も、さてどうだか……」
 主人のため息を聞いて、チェーン展開の古本屋を思った。明るすぎる照明。かび臭さも、うるさいオヤジもいない。若い店員が走り回って「いらっしゃいませ!」を連呼。それも本の整理に夢中で客に尻を向けたままである。「さあ、ただいまから単行本オール半額!」。やたらとアナウンスが響き、じっくり本が選べない。客もデパートのバーゲンセールに狂奔するオバサン化して、買い物カゴにどんどん本を放り込むのだ。ああ、おれは一体、何をしに古本屋に来た?そんな妙な疲労感は回転ずしとそっくりである。
 すし資料を探していたら、昭和5(30)年刊の「すし通」を見つけた。著者は永瀬牙之輔(がのすけ)とあるが、プロフィールは不明。ただ<どこそこの穴子は旨いと聞けば、一里も2里も遠しとはしなかった>と記しているところからかなりグルメだったに違いない。しかも、ただのグルメではない。好奇心の赴くまま食べ歩いてはいるが、すしの握り方、盛り方、食べ方、つまりすしの美学にこだわっているのである。
 たとえば、貴族院議員がすしをつまんでいる写真がある。<指を上方より回して鮨を裏返してつまみ上げる、よく見受ける食べ方であるが汚いさばきである>。容赦ない厳しいコメントに思わず噴き出した。
 この食通・牙之輔が21世紀の東京、それも渋谷に現れたら─。なんとも不思議なことに、コギャルの街は、回転ずし激戦区でもある。休日ともなれば、あちこちに長蛇の列。入口にはテレビ番組で○位にランクされましたと張り出してある。すしを食うのに、なぜ、わざわざ渋谷まで?それとも足を棒にして並ばないといけない?そして、ようやく席に着けば、すしが回っているのである。「美学など語るのもムダだな」。牙之輔の声が聞こえてきそうだ。

 なのに今日も日本列島津々浦々で、すしは、分速5メートルで回り続けている。いや、すしだけではない。鍋も飲茶(ヤムチャ)も回る。そんなに回してどうする気だ。さらに、メード・イン・ジャパンのファーストフードの王者として<KAITENZUSHI>は海外にまで広がりつつあると聞く。お好きにどうぞ。問題は日本である。庶民の豊かなすし文化を取り戻したいのである。
 回転ずしは、高度経済成長時代の発想だった。世は下り坂、そして「明日があるさ」である。心まで満腹になるすし屋が欲しいのだ。主人の話が聞きたいのだ。あるかもしれない。あったら、ぜひ、お教え願いたい。回転ずしの回転が止まる日─、そんなむちゃな夢を見てはいけないのだろうか。

 全国に4000軒高価格化も進む
 「すし和食店経営研究会」の福江誠さん(経営コンサルタルト)によると、現在、回転ずしは全国に約4000軒。元禄寿司の独占チェーン展開(第1次)、80年代中盤の郊外進出(第2次)、バブル時代の氷河期を経て、93年ごろから第3次ブームが続いている。この10年間で店舗の整理、淘汰が進み、店舗数はさほど増えていないが、規模は大型化し、豪華になった。ネタのボリュームアップ、鮮魚など旬の食材の導入の結果、高価格化も進んでいるという。回転ずし人気にあやかって最近では、寄せ鍋、海鮮焼き肉、中国点心などの「回転」も生まれている。

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